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【体験談】不登校生の親や不登校を経験した人の話

あんり

不登校中学生のママ、あんりです。

子どもが不登校になると困ること、不安なこと、わからないことがたくさんありますよね。

  • これからどうしたらいいの?
  • 子どもにどう接したらいいの?
  • 無理やり学校に連れて行った方がいいの?
  • 子どもの気持ちがわからない

私もわからないことばかりでした。

悩めば悩むほど、育て方が悪かったのかなと自分を責めたり、学校に行ってる子がうらやましくなったり。

時には、夜眠れなくなることもあります。

あんり

もちろん、私にもそんな頃がありました。

今思えば、息子の不登校を受け入れて前向きになれたのは、不登校を経験した人のことを知ったのが大きかったです。

この記事では、不登校を経験した人や子どもの不登校を経験した人のお話を集めました!

※経験者の方の話はまだまだ募集中です。
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目次

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不登校生の高校選び・進学
中学が不登校でも行ける高校はある?出席日数や内申点がない子でも大丈夫!

中学校2年生から2年間不登校を経験|ハルトさんの体験談

私は現在、大手IT企業の正社員として働いている30歳の男性です。

会社ではITエンジニアとして働き妻と子供を養えるだけのお給料を頂ける充実した暮らしをしています。

しかしそんな私も中学校に入学してから馴染めず、中学2年生から卒業までの期間を「不登校」として過ごしました。

当時を振り返ると不登校になった理由は2つかなと思います。

病気が原因で周りについていけなくなった。

私が不登校になった理由の1つ目は同級生との身体能力、体力の差が出始めてクラブ活動ができなかったことです。

私自身は生まれつき身体的障害をもっており、体力の面で普通の子供と同じように過ごせませんでした。

小学生のときは同級生たちとの身体能力にそこまで差がないためドッジボールや野球、サッカーを一緒にできました。

ただ中学生になると身体能力に差が出始めて医者からもクラブ活動はNGと言われている私はクラブに入れず一人取り残されました。

今までは学校が終われば、同級生と晩ごはんの時間までスポーツや当時だったら遊戯王、ゲームをして遊んでいました。

しかし中学生になってからは授業が終わるとみんなクラブ活動にいきます。

今までは障害があっても、たまに休むこと以外は同級生と同じように過ごせていましたが、中学では同級生と違う人生を体感することになりました。

授業が終わると一緒に過ごす同級生がいない、また昼休みはクラブ活動で知り合った他クラスの学生と話すので私は孤立した学生生活になりました。

圧倒的に勉強ができず学校生活が面白くなかった。

もう1つの理由は私が圧倒的に勉強ができなかったことです。

当時は全く勉強ができずクラスでワースト1,2位を争うレベルの実力でした。

圧倒的に勉強ができないのだから授業なんて楽しくありません。

先生が何を言っているのか分からないのでノートを取るだけの作業でした。

一応ノートは取っていましたが復習やテスト勉強をしないので身につくはずがありません。

「クラブ活動をしないため友達ができない、勉強ができないから授業が面白くない」

これって学校に行く意味があるのか?

学校生活が1ミリも楽しくない私はだんだん学校にいかなくなり、中学1年生の途中から休みが多くなり中学2年生には不登校となりました。

不登校中の勉強方法と回復のきっかけ

中学2年生から卒業まで不登校になりましたが、高校生の時には不登校ではなくなりました。

理由は高校では授業についていく事ができ、友達もできたため学校生活が楽しいと感じたからです。

ここからは私が不登校から回復したきっかけをお話します。

自習、進研ゼミは私には合わず続きませんでした

不登校になって最も問題となるのが勉強がついていけなくなり、進路など将来が見えなくなることです。

母も私の将来を心配して不登校のまま、学校には行けなくても勉強だけはなんとかなるように様々な手段を考えてくれました。

まず中学2年生で不登校になり完全に勉強が分からなくなった私に対して母は教科書や問題集を使った自習を勧めました。

ただ元々勉強ができない子供が自習をしても分からないままページが一向に進まず、結局続きませんでした。

そんな私の姿を見た母は経済的に苦しいにも関わらず、別の手段として進研ゼミを契約してくれました。

ただせっかく契約してくれた進研ゼミも自習と同じく続きませんでした。

今思うと進研ゼミが続かなかったのは自習と同じく1人で黙々とやるスタイルで孤独を感じたからだと思います。

こちらの体験談を書くにあたり、最近の通信教育を調べると通信教育でも担当のコーチがサポートしてくれるモノもあるので、今の通信教育なら続いたのかな~と感じています。

個別指導塾に通い得意教科ができ自信がもてた

自習、通信教育をやるも継続しなかった私に対して母はそれでも諦めずに向き合ってくれました。

先ほどもお伝えしたように私の過程は経済的に苦しい環境でした。

そんな経済的に苦しい状況なのに母親は月に数万円かかる個別指導塾に通わせてくれました。

大人になってから母に聞くと「自習、通信教育が続かったのは教えてくれる人がおらず、孤独を感じてると思ったから、先生がいる個別指導塾なら続くと思ったから」と当時の様子を話してくれました。

そんな母の直感は当たっていました。

個別指導なので私のレベルに合わせて教えてくれ、分からないところは分かるまでやってくれる対応が私には合っていました。

学校は嫌いでしたが個別指導塾は好きでした。

塾では1つ得意科目を作る事が最初の目的で英語から始めました。

基本的に塾で習うのは英語のみですが、夏休みや冬休みの時期になると夏期講習、冬期講習で国語と数学も勉強しました。

英語に続いて歩みは遅いですが、徐々に定期テストの点数は上がってきました。

そこで私自身も勉強に対する自信が持てるようになり少しは進学について前向きに考えるようになれました。

個別指導塾でも成果もあり0点レベルだった英語、数学、国語の成績はちょうど人並くらいのところまで点数を上げる事ができました。

結果的には地元近くの偏差値40半ばくらいの私立高校へと進学しました。

高校の勉強が中学の復習だったため勉強をリスタートできた

高校時代の偏差値が低いことが私にとってはチャンスでした。

偏差値が低いので授業もいきなり高校の内容からスタートではなく中学校の復習から始まりました。

国語、数学、英語が人並に届くところ、理科、社会が壊滅だった私はそこでリスタートする事ができ徐々に5教科全体の成績が上がっていきました。

そして1年が経過するとクラスで1位を取れるまで成長しました。

ではクラスメイトとの関係はどうだったのか?

高校生になってもクラブ活動はあります。

ただ違ったのはクラブ活動をしない生徒がクラスの1/3いた点です。

また私の高校ではクラブ活動をしない場合、強制的に授業後に補習授業を受ける決まりでした。

通常の授業+1コマある感じです。

そうなると私を含めたクラブ活動をしない人たちは朝から6時くらいまで一緒に過ごすことになり自然と仲良くなっていきます。

勉強はできるようになるし友達もいる。

中学で躓いた私はまわりの環境のおかげでリスタートを切ることができました。

思い返すと当時の私にとって最高の環境だったとしみじみ思います。

その後は中学時代と違って受験勉強に励み有名私大の工学部へ進学できました。

そこからは最初にお伝えしたように大手IT企業の正社員(ITエンジニア)として働き、妻と子供を養えるだけのお給料を頂ける充実した暮らしをしています。

不登校生のママに伝えたいこと

当時を振り返り不登校の子供をもつ親御さんにお伝えしたいのは親が子供を信じてくれれば子供は復活できるし、親の愛情を子供はしっかりと分かっているという事です。

不登校になってからは朝起きてゲームして、パソコンで遊び、後はご飯を食べる、風呂に入る、寝るの「ザ・不登校」といった生活でした。

そんな不登校になった私に対して母親は寛容でした。

「学校に行きたくないなら行かなくてもいい」といった態度で見守ってくれました。

今思うと障害を持った息子が学校に行かないまま大きくなっていき、将来どうなるか不安だったと思います。

それなのに学校に行かなくていいと決断し、代わりに経済的に苦しかったのに個別指導塾に通わせてくれた母親には大人になった今でも感謝しています。

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中学2年生で娘さんが不登校に|Rさんの体験談

子供が中学2年生で不登校になった時。

まだ私は「不登校は心が弱いからだ」とか「学校位で弱音を吐いていたら将来就職なんてできない!」

という思考を持ち、子供の人生を自分の理想にあてはめようとしていた、いわゆる毒親でした。

そんな私が娘と話を沢山してきました。

ほんの少しだけでも理解してあげれるようになったのではないかと思っています。

もちろん、子供さんも悩み苦しんでいます。

きっとご家族の方も何をしてあげたらいいんだろうとか、うちの子はダメな子なのかしらなど思い悩み、苦しんでいると思います。

それぞれのご家庭なりの、楽しく生きていく為のヒントになればと思い、今回お話させて頂くことにしました。

不登校のきっかけ

不登校には種類がいくつもあります。

  • いじめを受けて学校に行けなくなった
  • うつ病など心の病気が隠れている
  • 学校の授業についていけない

上にあげたのはほんの一握りの理由です。人それぞれ理由があります。

うちの娘の場合、不登校のきっかけは

今思うと「うつ病」だったのだと思います。うつ病は早ければ早いほうが早く治ります。

不登校になった時に、理由が明確ではない時は病院へ検査へ行くことも視野に入れてほしいと思います。

私はどうしても精神科の薬を飲ませたくなくて、親のエゴで病院へ連れて行ってあげるのが遅くなり、娘はうつ病をこじらせてしまうことになりました。

また検査をすると「軽い知的障害もあるね」と言われました。

どんなに時間をかけて勉強しても理解できなかった数学。それで自分はダメな人間だと思い始めた所もあったようです。

二人でだからか!と納得して腑に落ちました。

そんな原因もあるので病院へ行くことも忘れないで下さい。

不登校は弱いわけでも、やる気がないわけでもない

まだ心が成長していない子供たちは、ストレスや辛い気持ちを上手に伝えられなくてさらに追い打ちをかけられて、「不登校」になるのだと思います。

決して心が弱いのではなく、決してやる気がないのではなく、自分の感情を言葉に出来ない場合が多いです。

不登校のお子さんにまずしてあげて欲しいことは「不登校は悪いことでもないし特別なことでもない」という事をご家族が受け入れてあげて欲しいのです。

「特別扱いしない」という事も本当に大切なことです。

不登校のお子さんは精神的に、最終段階まで追いつめられている状態だと私は思っています。

なので家は、親は、子供たちの最後の砦です。逃げ場所は誰にでも必要ですから。

私はココがなかなか出来ませんでした。

だからどんどん娘は自分を追い込み、自分はダメな子なんだと追いつめて行ったようです。

死にたい…死にたい…消えたい

毎日言葉にする娘を見て辛くないわけがありません。

その時に、無理に学校へ行かせたり私の型にはめようとすることで娘が死ぬくらいなら、家にいて生きててくれたほうがいいと思うようになりました。

やっと自分自身が受け入れられた時、娘が話せる時に少しずつ気持ちを伝えてくれるようになりました。

不登校になって一番良かったと思ったのは「お互いを理解するきっかけになった」事です。

親子でも母はこんな人だ、娘はこんな子だと誤解している部分が多々あり、不登校にならなければお互い誤解したまま大人になり、仲違していたように思います。

親子の時間ができたことで、本当に沢山話をするようになりましたし、体が動くときはいろんな所へ行きました。

不登校だからこそ出来た思い出は沢山あります。

最初はだれかの親にあったらどうしようとか、同級生にあったらどうしようとか、人の目をすごく気にしていたので夜中にドライブに行ったりしていました。

人の目が気になるなら避けてあげたらいい。親が盾になって隠してあげてもいい。

そう思うようになったら、少しずつ一人で行動することも出来るようになりました。

不登校からの進学

リラックスする時間が出来たことで、少しずつ将来の事を考えるようになり、定時制高校なら行けるかもしれないと自分の意思で進学を決めました

今は通信制の学校も沢山あります。

学びたい気持ちがあれば、別に学校へ行かなくても「卒業」という形は貰えます。

あくまでも親が決めるのではなくて、自分の意思で決めさせてあげること。それが一番大事だと思います。

不登校になった子に必要なのは、どうしたら学校へ行けるようになるかではなくて、どうやって生きていきたいかです。

夢や希望を抱けない子が多いです。それでもどんな事がやってみたいか。

それにはどんな方法があるかを一緒に考えて行くほうが、ずっと有意義だと思います。

ただし焦っては行けません。

親が焦ってああしたら?こうしたら?というと、プレッシャーになってまた自分を追いつめてしまいます。

親はレールを引くのではなく、困った時に相談されたら一緒に考えます。

失敗してもいいんです。、間違った選択をしてもいいんです。

そこからしか学べないことが山ほどあります。

娘はその後、保育士になりたくて頑張って大学へ進学しました。

大学進学後、うつ病が酷くなり中退する形になりましたが、うつを抱え、知的障害を抱え本当によく頑張りました。

それだけでも凄い頑張りです。本当に沢山ほめてあげました。

途中でやめてもいいんです。一つずつ成し遂げて行くことが自信につながります。

どうしても行けなくなったときに、かなり落ち込みましたが、保育士になる道は一つじゃないし

病気が治ってからまた勉強する方法もあるという事。続けられないから出来の悪い子ではないんだよと。

通えなくなった理由もちゃんと理解出来るようになるまで、何回も伝えてあげました。

保育士じゃなくても子供と関われる仕事があるという事など、選択肢を沢山出してあげることで違う前進方法もあります。

今でもまだ「保育士」になりたい気持ちは持っているので、元気な時に教科書を読んだりまとめたりしています。

学校も仕事の仕方も今はいろんな選択肢があります。それと同じように生き方も選択肢がいろいろあっていいのです。

自立する方法も就職するだけが自立ではありません。笑って生きて居てくれている。

それだけで十分だと私は思っています。今の私は笑顔で普通のお母さんでいる事。

それが一番大事だと思っています。

長くなりましたが、みなさんの笑顔が消えませんように。

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6年生から息子さんが不登校に|Tさんの体験談

あんりさんのTwitterで不登校の体験談を募集していると知り、

うちの一例がどなたかの心のフックに引っ掛かれば。と体験談を書かせていただきました。

私は現在不登校の中3の息子を持つ母です。

家族構成は夫・私・娘(高3)・息子(中3)の4人家族。

不登校になってしまった息子は、もともと周りから何を頼まれても「いいよ」と答える「明るく優しい優等生タイプ」(あ、親バカ入ってますのでそこら辺スルーでお願いします)

そんな彼が6年生の秋の移動教室の帰宅後から学校に行けなくなりました。

移動教室で何かあったのか?と思ったのですが、写真は満面の笑みばかり。

初めは発熱が続いていたので疲れかなとも思ったのですが、治っても行けず、学校に引っ張って連れて行き、学校のトイレで1時間以上「行く行かない」を繰り返したこともありました(これめちゃくちゃ反省しています。絶対にしない方がいいです!!)

かかりつけ医で相談してもわからず、検査のために大学病院に行き細かくチェックしても結果は何もない。

結果を受けて先生から「小6と中3にはよくあるからね」と言われてしまいました。(中学受験予定でした)

受験のプレッシャーが体調にまで出てしまうものなのかと受験をやめようと話しましたが、本人は「絶対に受験したい」ということだったのでとりあえずそのまま受験はすることになりました。

多分、周りの友達との手前、ひくに引けないってことだったんだと思います。男の子だし。

受験が終わって

希望していた中学への合格は叶わず、まぁしょうがないよねって感じで小学校に登校した日、

「あぁこれで受験も不登校も終了だ!」と思ったのですが、帰宅したらものすごく怒っていて

「俺はもう学校行かない!」と言い出した。

怒っている理由も親として納得のできることだったし、前回無理に登校させた事を反省していたので、思う存分休ませることにしました。

息子には休んでいいよと言いつつ、息子が憤慨している内容はキチンと学校と話し合わなければいけないと考え、スーツにネクタイしめた旦那と一緒に校長先生との面談へゴー!

(校長面談など学校と話すときは絶対にネクタイを締めた旦那と行くべし!と先輩ママから教わっていたのです)

優しい校長先生で、コチラのお話はキチンと受け止めていただけたのですが、対策とかしてもらえたわけではなく(まぁ卒業まであと1か月くらいだしね)

そのまま卒業まで学校には行かずに卒業式の練習だけちょっと参加するという感じでした。

中学校スタート

令和2年の4月は日本中が初めての緊急事態宣言で中学校はどこも休業。

真新しい制服に身を包み、入学式の日に書類をもらうために登校して同じ学校に通う顔馴染みと楽しく話をして帰宅。

4月に学校が始まっていたら行けた気がするのにと今でも悔しく残念に感じています。

その後6月から学校が始まるわけですが、

6月が近づくにつれて息子の具合は悪くなり、結局「発熱・嘔吐・頭痛」という負のループで登校することはできませんでした。

「頭が痛い」「熱がある」

こんなことを朝言われるたびに私の気分も「スーパーどんより」

中1の1年間は本当に私も息子も真っ暗な闇を這いずり回っているような状況でした。

中1の時、不登校の高校進学についての座談会が地元の公共施設で行われると聞きつけ、その時登壇されていたサポート校の先生に個別相談をお願いしました。

(不登校のこういう情報ってなかなかキャッチすることができないので知ることができて本当にラッキー)

その先生に相談して言われたのが

多分、息子さんの中で中学受験が終わっておらず、

娘の学校(志望校)の生徒が進学するような大学しか見えていないんじゃないかな?ということでした。

これには正直ハンマーで頭を殴られたような衝撃を覚えました。

お姉ちゃんが大好きでなんでも真似して習い事も塾も受験も姉の跡を追っていた息子。

彼は「小6の秋」で心が止まっていたんだなと、小学校も本当の意味で卒業できていないんだと。

卒業式には出ましたが、卒業式って本当に何度も何度も練習するんですよね。

息子も何度かは参加しましたが、練習で体に染み付いた動きが自然にできるようになって子供たちは卒業するのかもしれません。

その「体に染み付く経験」がないまま息子は「卒業式ごっこ」だけを経験したに過ぎなかったということなのでしょう。

カウンセラーとの関係

週1回スクールカウンセラーの面談に行っています(具合悪いとサボるけど)

先生とは1、2年生の時は私も定期的に面談させてもらい情報交換をしていました。

(どんな先生か知りたいですしね)

3年になってからは先生と息子の信頼関係も出来上がっているようなのでおまかせしています。

公立中学のため、移動になってしまうかもしれない。と、内心ヒヤヒヤしていましたが、運よく同じ先生に3年間みていただくことができました。

カウンセラーの先生は「学校来なくてもいいわよ」というスタンスの方で、息子も気兼ねなく話に行けているようです。

また、大学病院の小児科のカウンセリングにも通っています。

コチラは中2から。

最初の先生はとても良い先生だったけれど、ご出産とのことで3年からは別の先生になり息子放心。

でも新しい先生とも上手く話ができているそうです。

小児心療なので今年で終わりますが、今年いっぱいお話しして良い方向に向かえたらいいなと思っています。

進路について

進路の話を割とします。

よく「話さない方がいい」なんて言われますが、私はできていない母親なのでつい聞いてしまいます。

だって気になるじゃないですか。どうすんの??って。

不登校の中3を抱える親御さんならどなたも1番知りたい案件だと思います。

本人からまず出てきたのは「大学に行きたいから高卒認定を取る」でした。

それを受けて親から提案したのが通信制高校。

今度説明会に行ってみようと思います。

楽しい不登校生活

息子が不登校になって1年くらいは暗闇の中にいる気分でした。

2年経った頃、これじゃあ、つまらないから「楽しくいこう!」と心掛けるようになって、

3年目の今、息子も私も心が安定してきたような気がします。

過去の私と同じように「とてもじゃないけど笑えない」とお考えの方も多いと思います。

私も街でばったり知り合いにあって「息子くん大丈夫?」なんて聞かれると、心がえぐられるくらいは動揺してしまいます。

それでもちょっとずつ「普通」の話をしながら「明るく楽しい不登校生活」を心掛けるようになって1年。

親子関係がよくなったような気がします。

正直、不登校がいつまで続くかわかりません。

この部分だけ切り取るとまだ暗闇の中にいるとも言えますが、

なるべく大きなライトを持ってこの暗闇を明るく突き進んでいたいなと思っています。

一緒に頑張りましょう★

子どもの不登校を経験した人にしかわからないことがある

子どもの不登校を経験した人にしかわかならいことがあると思います。

あんり

私もまさか息子が完全不登校になるとは思いませんでした。

ひきこもり状態になるとも思わなかったし、今のように習い事やフリースクールに行って、高校を目指すことになるとも思いませんでした。

人生、何があるかわかりませんね。

私がいままでの経験で感じたことは一つ。

「不登校になっても人生は終わりじゃない!」です。

あんり

大丈夫、一緒に子どもの不登校を乗り越えていきましょう!

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不登校中の家庭学習にはコレがおすすめ!
不登校の中学生におすすめの通信教育・タブレット学習ベスト5!家での勉強方法は?
不登校でも出席になる通信教育
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